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ナノ粒子は癌治療に重要な物質です。ナノ粒子は腫瘍に蓄積して,全身への抗がん剤の非特異的分布を阻止することによって,がんの化学療法の副作用軽減に大きく貢献することができます。長年,私たちはメソポーラスシリカナノ粒子(MSN: mesoporous silica nanoparticles)を腫瘍標的ナノ粒子向けに開発してきました。ナノ粒子の構造に生分解性結合をもつ新たなメソポーラスシリカナノ粒子を開発し,このナノ粒子に優れた薬物輸送能力があることがわかりました。

私たちは,有精卵にヒト癌細胞を移植して腫瘍を形成させる鶏卵腫瘍モデルを用いています。この実験系はGFP発現の卵巣がん細胞を使って確立されます。ドキソルビシン(抗がん剤)の静脈注射によって腫瘍のアポトーシスが引き起こされ,腫瘍が消滅しますが,ドキソルビシンの投与が過剰であると,他の臓器に損傷が起こります。こうした副作用は,ドキソルビシンをナノ粒子に載せることで克服できます。ドキソルビシンの腫瘍への蓄積も観察されており,これらの結果は,ナノ粒子を使ってがんの化学療法の副作用を防ぐ利点を示しています。


A:メソポーラスシリカナノ粒子のがん治療への応用

1.メソポーラスシリカナノ粒子

私たちは直径50〜300 nmで数千の孔のあるメソポーラスシリカナノ粒子を作っています。孔があることによって,ドキソルビシンやカンプトテシン,タキソールといった抗がん剤を貯蔵することができます。メソポーラスシリカナノ粒子は,効率的にがん細胞の中に吸収され,細胞内で抗がん剤の効果を発揮します。マウス実験では,メソポーラスシリカナノ粒子が腫瘍の成長を抑制することができることが実証されました。メソポーラスシリカナノ粒子は遺伝子発現を抑止するsiRNAを輸送することもできます。卵巣がんのマウスモデルでは,TWIST遺伝子(上皮間葉転換(EMT)に関係する)の発現抑止によって,腫瘍の成長が阻害され薬物感受性の回復につながりました。

2.生分解性をもったメソポーラスシリカナノ粒子

私たちはメソポーラスシリカナノ粒子が生分解性を持つように改良しています。(アブデュラ王立科学技術大学(サウジアラビア)のNiveen Khashab氏,モンペリエ大学(フランス)のJean-Olivier Durand氏との共同研究。)メソポーラス有機シリカ(PMO: periodic mesoporous organosilica)とよばれるこのナノ粒子は,ペプチド結合やジスルフィド結合のような生分解性結合をもっています。このようなナノ粒子は簡単にがん細胞に吸収され,抗がん剤を輸送します。

B:鶏卵モデルによるナノ材料と抗がん剤の評価

1.漿尿膜へのがん細胞の植えつけ

新しいナノ粒子の特徴を評価するために鶏卵腫瘍モデルを用いています。鶏卵モデルは有精卵中の胚の周りの漿尿膜(CAM: chorioallantoic membrane)にヒトがん細胞を移植して形成されます。孵化前の鶏卵は,免疫システムが未発達で,高度に血管が発達しているので,腫瘍は移植から3日間で形成されます。腫瘍は血管系をともなって形成され,細胞外マトリックスと骨髄間質細胞がヒトの腫瘍にとても似ており,腫瘍のモデルとして利用できます。

2.抗がん剤の特性評価

抗がん剤は静脈注射し,抗腫瘍性効果を調べることで評価できます。ドキソルビシンを注射すると,腫瘍の縮小が見られ,やがて腫瘍は消滅します。これはおそらくドキソルビシンによってアポトーシスが誘導されるためです。

ドキソルビシンがナノ粒子に載せられると,遊離薬物のときに比べてはるかに多くの抗がん剤を注射することができました。胚の臓器には異常がなく,卵も生存していました。様々な臓器の損傷が認められた遊離薬物を注射したときの状況とは対照的な結果です。


3.患者由来の腫瘍モデル

最近,私たちはこのモデルで卵巣がん患者から採取した腫瘍のサンプルを使って腫瘍を形成することに成功しました。シティ・オブ・ホープがん研究所(アメリカ)との共同研究では,鶏卵に腫瘍を形成してドキソルビシンとシスプラチンで治療することに成功しました。鶏卵モデルは卵巣がん患者から採取した腫瘍の特徴評価に利用できるのです。

卵巣がん患者の腫瘍細胞を細断し、鶏卵に移植したもの

[Vu et al (2018) Scientific Reports 8, 8524.より引用]

C. ホウ素中性子療法捕捉療法(BNCT)

がんの放射線治療の一種です。ホウ素を血管に注入すると、腫瘍にホウ素が蓄積します。その後、原子炉での中性子放射線療法を受けます。中性子は通常の細胞に害を与えることなくホウ素だけにヒットし、ヘリウム(α線)とリチウムに分離します。このα線はがん細胞のDNAを傷つけます。私たちのグループは高い腫瘍標的力を持ったMSNを用いることによって、ホウ素の腫瘍への特異的な蓄積に成功しました。この成果はホウ素補足療法の改善に役立つことでしょう。

1.がん細胞の発現

2.10BPA-MSNのがん細胞への蓄積

ホウ素を埋め込んだメソポーラスシリカナノ粒子は高いがん標的能を持つため、特異的にがん細胞内に蓄積します。

3.中性子照射

そこに、中性子を照射します。

4.がん細胞の死滅

ホウ素補足療法により、特異的にがん細胞だけを死滅させることができます。

D. オージェ効果とDNA切断

ヨウ素やガドリニウムを担持するナノ粒子を合成し、新たな放射線治療の開発に取り組んでいます。がん組織にヨウ素を担持するナノ粒子を取り込ませ、適切なエネルギーを持った単色X線を照射すると、ヨウ素原子から電子が放出されDNAの切断が起こり、がん細胞が死滅します。これは、がん細胞内で光電効果が引き起こされることによるもので、オージェ治療とも呼ばれます。このアプローチでは、低酸素状態であるがん中心部にも作用する可能性があるため、X線による放射線治療の効率が上昇すると考えられます。

図1. オージェ効果

光電効果が起きると原子内で連鎖反応が起き多数の電子が放出されることが知られています。原子核の一番近くの K 殻にある電子がX線のエネルギーを吸収し、たたき出されるとその空隙を埋めるために外側の殻にある電子が K 殻に落ちてきます。その時に放出されたエネルギーを受け取った電子がさらに放出されます(オージェ電子)。こうした現象はオージェ効果と呼ばれ、単色X線照射を特にAu, Ag, Gd, Iなどの原子に行ったときにおきます。



図2. オージェ効果によるDNA切断

ヨウ素を担持したナノ粒子を取り込ませたがん組織にX線を照射すると、ヨウ素原子は電子を放出してDNAを破壊し、がん細胞を死滅させます。